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私は、音楽に特別興味はなかったし、まして、クラシックの世界にはほとんど縁遠い存在だった。 環境問題や軍事問題など社会的なテーマをずっと追い続けてきた、いわゆるドキュメンタリー写真家なのだ。 その私に何故と?プロダクション編集者に質問をぶっつけてみた。 「ドキュメンタリータッチに撮って欲しい。自由に撮っていいよ」さらにこうも言った。 「これまで音楽写真というのは決まり切った写真が多くてつまらない。 全く違ったジャンルの写真を撮っている人の方が新鮮な受け止め方をしてくれると思うから」と。 その言葉にもしかしたら、自分自身の新しい才能を見い出せるかもしれないと、一も二もなく引き受けることにした。 モスクワ経由でウィーン国際空港に到着したのはすでに夜になっていた。 翌朝、街に出ると、昨夜の雨でしっとりと濡れた街全体が美術館や博物館のような建築物が立ち並んでいる。 壁や柱には彫刻が彫られ、古い建物と新しいビルがうまく調和している。 初めてウィーンの空気を吸う私は何故か心が解き放てれてゆくような、とても気持ちよく呼吸が出来る街のように感じた。 パリよりも明るく、しかしけだるい、ちょっと退廃的で、歴史を感じる。全てを許してしまうような大きな懐もある。いっぺんに好きな街になってしまった。
神経をピリピリさせている楽団員の前を行ったり来たり、客席最前部から後ろから横から、 そして二階からうろちょろしている日本から来た変んなカメラマンをはじめはほとんど無視して練習に没頭しているようだった。 プログラムはラフマニノフの交響曲第二番など。指揮者はアンドレ・プレヴィン。 こがらでちょと猫背なプレビンが指揮台に立つとざわついていたステージにピーンとした空気が張り詰める。
「民主的に楽団を運営していくことが楽団員の自主性と主体性を保障しウィン・フィルのアンサンブルを可能にしている」と楽団長のヴェルナール・レーゼル氏はインタビューに答えていた。 ウィーン・フィルの響きは自主性の尊重と民主的運営の中に秘密があるようだ。 ウィン・フィルの持っている民主的運営の理念は創立当時のフランス革命や三月革命の影響を強く受けていたと思う。 毎日朝早くから練習の終わるまで、シャッターを押し続ける私に「おれは日本製のカメラを持っているんだ、とても気に入っているんだ」 とか「最近、別荘を建てたんだが庭は日本風庭園にしたんだ」と写真を自慢げに見せながら親しく話しかけて来る楽団員たち。
彼らの本業はウィーン国立歌劇場管弦楽団での演奏だ。ここでの演奏も是非撮りたいと思っていた。 オケピットの入り口には分厚い木製のドアーがあり中央に小さな丸いガラス窓が開いていた。 丸い窓をのぞき込むと、練習していたコンサートマスターのヴェルナー・ヒンクと目があった。 すかさず中に入って撮影したいと、カメラを構えシャッターを切る真似をした。彼は「入って来い」と手招きしてくれたではないか。 オーケストラ・ピットの中での撮影まで許してくれるのだ。 撮影は順調に進み幸い出来上がった写真は好評で、今でも自分の撮った写真の中で一番好きな写真である。 結局一週間毎日かぶりつきで彼らの演奏を聴いていたことになる。
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