「ソ連時代、政府は何も助けてくれなかった。チェルノブイリはロシア政府が助けているのに、カザフスタン政府は 私たちに何もしてくれない。1991年に30万ルーブルもらったが、インフレがひどくて価値がどんどん下がってしまった」 1999年の冬、私(森住)は、雑誌に載せた彼の写真を持って訪ねていった。別れる時に、彼はもう来ないでくれと怒って言った。 「たくさんのジャーナリストが来たが、私を助けてくれる人は誰もいなかった。何も改善されていないではないか」と 苦しい胸の内を話始めた。私は返す言葉が見つからなかった。 同じようなことを言われて取材できないことは、他にも何度もあった。 そのたびに私は、写真家としてこの人達に何がして上げられるのか、この写真がどれだけ 助けるための力になるのか、絶えず自問自答せざるを得ない。 |