「一刻も早く取り除かないと、環境に取り返しのつかない汚染を引き起こす・・・」。
セルビア南部、コソボ州境に近いボロバツ村。民家からわずか数百メートルの小高い丘の上で劣化ウラン弾除去作業が行われていた。「近くには水源があり、汚染される危険性もある」と環境保全省の職員が言った。
小雨の降りしきる中で3台の重機がひとすくいずつ土を掘り出し、鍬でならして放射線測定器を近づける。気の遠くなるような作業だ。「ここは機械が使えるからまだいい。急峻なところは機械が使えず手作業にならざるを得ない」と作業員はいう。これまで、700個近くの劣化ウラン弾を発見した(2005年9月現在)。「いまは、土壌や水の汚染はないが、近い将来は可能性がある」と案内をしてくれた、科学環境保全省の職員は言う。
NATO(北大西洋条約機構)軍は劣化ウラン弾を1999年のコソボとセルビア地域の100カ所以上で3万1千発以上(NATO軍の国連アナン事務総長あての手紙)を使用した。NATOはコソボ自治州内で地表に落ちている劣化ウラン弾は回収したが、いまだにその多くが数十センチから1メートルの地中に埋まったままになっている。土を掘り起こし回収を行っているのはセルビア共和国だけだ。
旧ユーゴスラビア政府は1999年のNATO空爆当初から劣化ウラン弾が使用されることを予想し、ベオグラード近郊のビェンチャ原子力研究所を中心に調査の体制を整えていた。特にセルビア東南部のマケドニア国境とコソボ州境周辺では劣化ウラン弾が使用されると直ちに調査を行っていた。そして、地表に落ちている劣化ウラン弾は放射性物質として回収され、ビェンチャ原子力研究所に保管された。
国連環境計画は2002年、現在の汚染は人体に影響はないが将来は危険もあると発表した。そして、引き続き調査の必要性を説いている。
土中の砲弾はやがて腐食し、酸化したウランは土壌や水を汚染してゆく。セルビアの環境保全省の職員は「完全に回収は出来ないが、やらないよりましだ。本来、自然界にはない放射性物質であり、その危険を放置できない」と言う。
ロシアの新聞が「コソボ北部で白血病やガンが多発」(2005年春)、という記事を掲載した。私は記事中にあったミトロビツァ市総合病院を訪ねた。
ミトロビツァ市は1999年以来、町の中央を東西に流れるイバル川を挟んで南側がアルバニア人、北側をセルビア人が居住する地域に分断されてしまった。同病院は町の北側にあり、現在は患者のほとんどがセルビア人だ。
ガンで入院中のラディボイエ・ストヤディンカ(49)さんはレポサヴィツァ村に住んでいた。「1999年の空爆の時、近所の民家が空爆された。2年前に筋肉腫ができ、いまは胃ガンと腎臓ガンで苦しんでいる。失業中の夫と3人の子どもがいる。早く治して働きたい」と力無く言った。
同病院の内科医ネボイシャ スルブリャック医師は「悪性疾患がNATO攻撃前の3年間と比較して3倍になっている」という。さらに「こんなことは今までになかった。劣化ウラン弾の影響です。私たちは空爆後10年後ぐらいから白血病などが増えるだろうと予想していたが、影響はもっと早く現れ始めているようだ」と顔を曇らせた。産婦人科医のザキッツ・サージャ医師は「年間1000人前後の出産がありますが、ここ数年は新生児の15パーセントから20パーセントに異常が現れています」と言う。
セルビア共和国の首都ベオグラードにある国立腫瘍学研究所小児科医長のソラン・ベキチ氏はミトロビツァ市民病院の医師たちの主張を否定する。「今のところ、コソボでの悪性腫瘍増かという報告は聞いていない。しかし、今後、劣化ウランの影響の影響が無いかと言えば否定できない」と慎重な言い回しをしていた。また、コソボの子ども(アルバニア人)はガンになっても外国に行って治療してしまうので「統計がとれない」という。
ネボイシャ スルブリャック医師は「被害の全体像を明らかにすることは難しい」と言って、現在のコソボの特殊性を説明してくれた。
- コソボ紛争中は隣国アルバニアやマケドニアに避難していたアルバニア難民が戻り、現在は人口の9割以上がアルバニア人だ。彼らには劣化ウランの危険性を知らされていない。
- アルバニア人はNATO軍のことを「コソボをセルビアの支配から解放してくれた正義の軍隊だ」と思っている。NATO軍は劣化ウラン弾を片づけたと言っている。だから被害はない、と主張している。
- セルビア側が劣化ウランの危険性を言うのは反NATOプロバガンダだと主張する者もいる。
- 1999年の紛争前はアルバニア人の患者も病院にきていたが、いまはほとんどがセルビア人しか来ない。だから現在と紛争前のデーターを比較出来ない。
以上のような理由からコソボでの劣化ウラン汚染とその被害の実体を明らかにする事が難しいのだという。
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